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ピアノはヨーロッパで生まれ育った楽器です


(3) ベートーヴェンの茨のピアノ

 ‥‥ヴォルフェック伯爵は、

広間の中をたえず走りまわっては言ってました。

「生まれてこのかた、こんなの聴いたことがない 」


彼はぼくにも、

『あなたに言っておきますが、いまだかつて、

 きょうのような演奏を聴いたことがありません。

 ザルツブルグに着いたらすぐ父上にも申しましょう』 

と言いました。


      
ーツァルト  父親への手紙 1777 A  

稽古風景

 お城の中を走り回って叫んだ
ヴォルフェック伯爵の気持ちが、わかる気がしますね。

 ‥‥♪ これは、初めてのフィーリング ♪! 
    ( しかも、かのモーツァルトの演奏 ‥‥ )。



このモーツァルトやハイドン、また後で登場する
ベートーヴェンたちが活躍した頃は、「古典派」の
時代とよばれています。


   ヨーロッパでは、「ルネッサンス」 以来、神では
   なく人間を中心に ( ヒューマニズム ) 、客観的
   ・合理主義的に物事を考え、キリスト教会など
   中世的権威が成立する以前の、古代ギリシァ
   ・ローマ期の傑作 (=古典)に、自然な最高の
   理想美を見いだそうとする姿勢がありましたが、
   教会の絶対的権威がすたれたこの時期、とても
   盛んになりました。


   古典主義の芸術では、美術(絵画)のダヴィッド
   アングル
、文学のゲーテシラーが有名です。


  
    アングル  「グランド・オダリスク」 (部分)


   音楽の分野では、「古代の模範」は失われて
   いるので、なかなかむずかしかったのですが、
   ソナタ形式のように、曲の均整や調和の取れた
   構成の美しさが大切にされ、交響曲協奏曲
   
弦楽四重奏曲などがたくさん作られました。




この 「古典派」 の巨匠モーツァルトは、クリストフォリ
が亡くなって四半世紀後、ジルバーマン没後からは
数年たった、18世紀真ん中に生まれています。


6歳で演奏旅行を始めて以来、旅に生きた人生で、
訪れた先々で、当時の最高の楽器を演奏しました。
‥‥パリ、ロンドン、アムステルダム、イタリア諸都市、
ウィーン、ミュンヘン、マンハイム‥‥。


あまりにも短い生涯でしたが、鍵盤楽器の主役が、
クラヴィコード、チェンバロから 「ピアノ」 へと移って
いく過渡期に生き、双方を自在に使いこなして、不滅
の名曲をのこしました。



   「 ‥‥年老いてからのハイドンは、目に涙を
       浮かべながら、こう語った。

    『 モーツァルトの演奏を生涯忘れることが
     できない、それは胸に響くものだった 』 」

     グリージンガー(ハイドンの友人) 1810 B



今もなお、当時と変わらず、モーツァルトのピアノ曲は、
人々に熱く愛されています。

   時間も空間も( 時代も国境も ) 超えて‥‥。



                オフェルディンガー 1877
                「小さなモーツァルトとピアノ」


かれの 「新しいこころみ」 は大成功だったのです。



 ナティエ 
 「チェンバロの前の貴族」


 シラー 辞世の言葉
 「ますます快活に、
        そしてより良く」」


 モーツァルト



 年の離れた親友 ハイドン



 モーツァルト
 「レクイエム」 スコア 


 グルーゼ 
 「少年モーツァルト」

 この後、時代はベートーヴェン、
シューベルト、シューマン、ショパン、リストと、
音楽の世界では、綺羅星のような天才たちが
活躍する季節に入っていきます。


   それはちょうど、ヨーロッパが、フランス
   市民革命、ナポレオン時代、産業革命、
   保守反動のウィーン体制、その崩壊と、
   激しく揺れ動いた時期でした。

   300もの君主国の連合体だったドイツは、
   対ナポレオン戦争に失敗しつつも、外国
   勢力に抵抗して、プロイセンを中心に、
   国内統一運動をおしすすめていきます。

   35君主国、4自由市の 「ドイツ連邦」、22
   領邦、3自由市からなる 「北ドイツ連邦」を
   へて、ビスマルクの鉄血政策や普仏戦争の
   勝利で国民主義が高まる中、19世紀後半、
   「ドイツ帝国」 が成立します。」


    
      ドイツ帝国

民族としての「ドイツ」の一体性、伝統への回帰
が叫ばれ、古典古代や中世が憧れの的となって、
芸術は、「 ロマン主義 」 の真っ只中でした。


音楽も、感情表現をより深め、そのテーマを
伝承や文学からとったり、構成を叙事詩
に似せたりしました。
標題音楽や交響詩、歌曲も発達しました。


   民謡が見直されるかたわら、北ヨーロッパで、
   グリンカ、スメタナ、グリークら「国民楽派」
   が登場したのもこの頃です。


こうした流れの中で、楽器ピアノも、「時代の声」
として、盛んな注目を集めるようになります。

しかしそれは同時に、ピアノ工房における苦闘
の日々のはじまりでもありました。


では、そうした姿を見ていきましょう。


 ローゼン
 「流離のオーディン」
 ニーヴェルンゲンの指輪より


 ヒューズ
 「ヴァルキューレ」



 ベートーヴェン (1770〜1827)

32曲のピアノソナタを残した一生に、次々と
借りたピアノ (ウィーンに来た頃の家計メモ
では、家賃が14フローリン、ピアノの借賃が
6フローリンでした) に合わせ、それぞれの
能力をぎりぎりまで使って、創作しました。


ウィーンのワルター製 ( 61鍵 )、
シュトライヒャー製、フランスのエラール製 ( 68鍵 )、
イギリスのブロードウッド製 ( 73鍵 )と、
その時弾いていたピアノの音域やペダル性能
が、作品にそのまま反映されています。


‥‥もしも、タイムマシンがあるならば‥‥。


以下は、当時書かれた文章です。



 カロルスフェルト 1810
 「ベートーヴェン」

 ある日、ベートーヴェンが
宮廷でモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏したとき、
私は譜めくりを頼まれた。

弾いているあいだ中、ピアノの弦が切れて空中に
飛び、切れた弦にハンマーがからまった。

ベートーヴェンは、何とかして曲を弾き終えようと
必死の努力をつづけ、弾く手を止める間がある
たびに、私に向かって、

     何とかして、ハンマーから
     切れてからまった弦をはずしてくれ 

と頼んだ。


私の仕事は彼におとらずたいへんだった。

右や左へとんでいって、ピアノのまわりを走り
まわりながら、引っかかったハンマーをはずし
続けなければならなかったのである。   


                ライヒャー 1805頃



‥‥ベートーヴェンはピアノの不完全さについて
ひどく不満を述べたて、

     こんなピアノでは、効果のある音も
     力強い音も、出すことができない

と言ってピアノを指し示した。


私の目にうつったのは、なんと惨憺たる光景
だったことか。

高音部はもはや全然音が鳴らなかったし、
切れた弦がからまって、まるで嵐の突風に
吹き寄せられた、イバラのかたまりのような
ありさまだった。


                シュトゥンプ 1824 C 


 フランス エラール社製造
 ベートーヴェン使用のピアノ

ベートーベンが所有していたものと同型のピアノ

 イギリス製 1800年頃
 ベートーヴェン使用と同型の
 機種     



 ベートーヴェン


 ベートーヴェンの深い嘆きは、
当時の演奏家全員がひとしく感じているものだった
でしょう。


音楽家には、「 楽器に縛られる ( 制約される )」
部分がたしかにあるからです。

   ( そこをサポートするのが楽器技術者‥‥
     ピアノの場合は調律師‥‥の使命ですが )。


             


そしてそれはたぶん、音楽の世界に限らないこと
でしょう。


ワンコインショップの彫刻刀では、かのミケランジェロ
だって、きっと手こずるのです。

   ‥‥研げるように出来ていませんし。



あのレーウェンフックが顕微鏡を発明するまでは、
どんなに熱心で優秀な医師にも、人々を苦しめる
病気の原因を知ることはできませんでした。


   良い道具には、必ずそれだけの価値がある。


   「弘法は筆を選ばず」というのは、一つの清い
   理想であって、現実にはむずかしい。


それを、不遇の天才ベートーヴェンは、誰よりも
よく知っていました。


そんな時代であり、また巡り合わせだったのです。


 ミケランジェロ 「ダヴィデ」 


 レーウェンフック


 初期の顕微鏡


 楽聖を泣かせつつも、
日々の試行錯誤を糧にして、ピアノは進化をとげて
ゆきます。

そのノン・ストップで発展改良されてゆくスピードは
驚くべきものでした。


‥‥しかし!

いつの世も、芸術家たちに 「もう充分」はありません。


新しい楽器から生まれてくる新しい音、新しい響き
に、インスピレーションを刺激された作曲家兼演奏家
たち( この頃はまだ別々ではありませんでした )は、
またホットなメカニカル上の難題を、ピアノ製作者たち
に突きつけるのでした。




 ラ・トゥール 
 「諍う音楽家たち」 (部分)


 芸術家の求める  
   理想の音・理想の楽器のイメージ。

   それをなんとか現実化しようと
   努力する技術者たち。


「 ピアノ 」 という、はばたきはじめた
ばかりの楽器を中に、両者が密接に
協力し、ときにはケンカしながら‥‥、

性能の限界に挑戦しては乗りこえてゆく、
静かで熱い、人間のドラマが続きます。








                                                             A 「モーツァルト書簡全集 V」      白水社 
                                                             B 「ハイドン 新版」          音楽の友社 
                                                             C 「ピアノの歴史」 大宮眞琴訳 Paul・Erek社
 
   
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