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ピアノはヨーロッパで生まれ育った楽器です


( 6 ) ピアノ 現在と過去と未来

 ここまで、ピアノの歴史と進化、
それをおし進めた原動力である音楽家たちの
要望、作曲者、演奏家、聴衆と楽器をとりまく
社会の動き、それらをみちびいた大きな時代
の流れについて、お話ししてきました。


これからは、すこし、時間軸を先にも‥‥。

今、ピアノという楽器が置かれている状況や、
これから望まれるあり方についても、ふれて
いきましょう。


というのは、ヨーロッパのピアノ造りを理解
するためには、「時間」というものの捉え方が、
ひとつの大きな鍵になると思うからです。


そして、それをみていくうちにきっと、

「ヨーロピアン・ピアノって何なのだろう?」
「ふつうのピアノと、いったいどこが違うの
 だろう?」

という問いへの答も出てくると思います。








 石のうさぎとカタツムリ‥‥
   時を象徴するものは、
   世界中で似ていますね

 ピアノは「木を鳴らす」、
自然素材でできている楽器です。



そして、ピアノの中で 「 鳴っている 」 のは、
「 響板 」 という部品です。

( 実は、それだけではないピアノもありますが‥‥。
 この後に出てきます )。


その響板について見てみましょう。



指で1本の鍵盤を押すと、ピアノの内部では、
その鍵盤につながれたハンマーが、 テコの
原理の応用で、対応している弦を打ちます。


そうすると、その弦の振動は、駒を伝わって
響板に届きます。


響板は、そのままではとても弱い振動を大きく
増幅して 「響かせる板」 です。


ですから大きいほど、響く部分が広くなり、
弦も長く張れるので、音は豊かに響きます。
コンサートホールで見かけるピアノが、大変
長い奥行きをもっている理由です。



このように、とても重要な役目を果たしている
響板は、「ピアノの心臓」とも呼ばれています。


各ブランドがそれぞれ、素材の選定から管理、
加工技術まで、長年にわたって並々ならぬ
研究を重ねてきたポイントの一つです。


 弦を打つハンマー


 駒の張られた響板の表


 響板の裏に響棒 (振動を
 広げ、全体を補強) を張る
 

 使われる木は、
ーマニアなど中部ヨーロッパの山岳地帯に
はえる 「スプルース」 という松、南ドイツや
東ヨーロッパでとれる 「フィヒテ」 というトウヒ
などが中心で、種類がとても限られています。


それらは、一定の海抜以上の、気温の低い場所
に育つ、とても成長が遅い木で、年輪の幅が狭く
詰まっている上、強くて軽く、しかも柔軟です。


そうした少数の木の中から、樹齢が100年から
300年位までで、まっすぐ伸びた木を対象に、
さらによく見きわめて、厳しい条件をクリアした、
一部のものだけが選ばれます




 そんな木を
山から伐り出してくると、あとは水分が抜けて、状態
が落ち着くまで待ちます。

この作業( ただ待つだけなのですが‥‥) のことを、
「シーズニング」といい、まったく地味ですが、とても
重要な工程の一つです。

加工するとき必要以上に水分が残っていると、製材後
の狂いや割れの原因となり、製品になった後も変形や
腐食の原因となります。

このとき多くの場合、大量生産方式では人工乾燥を、
伝統工法では天然乾燥をします。


木は生きものなので、樹液がかよっていましたし、
呼吸もしていました。

それは伐採後、非常にゆっくり止まっていきます。

そのとき急いで無理な乾燥をすると、一見しただけ
ではわからないような内部に、細かいゆがみや
ひずみを生じてしまいます。

つまり、木の細胞がこわれるのです。

そうすると、音色や響きに悪影響が出るだけでなく、
ピアノの寿命もてきめんに短くなります。


しかし、丸太のまま屋外に放置してじっくりと待つ
「天然乾燥」には、たいへんな時間がかかります。

その期間は、ブランドごとにちがいますが、ときに
10年近くにも及びます。


この事実は、いったいなにを物語るのでしょうか







 響板のほかにも、たくさん
 の木材を使います。

それは、こういう工法をとるブランドに
大量生産は不可能だ ということです。

時間は戻りません。


たとえば、今年大変よく売れたからといって、あわてて
来年の製造台数を増やせるでしょうか?

材料の準備には、長い時間がかかり、しかもそれは、
絶対にはずせない工程の一部なのです。


つまり、今年製造する(できる)台数は、はるか以前
( 極端な場合では、100年以上昔の植林のとき)に、
すでに決まってしまっているのです。





‥‥造らないと売れず、売れねば儲からない。
   それはどこでも同じです。


しかしかれらは、あえてこういう選択をし続けています。


それがポリシーだからです。


  
   ウォールナット  カエデ
  
 マツ       マホガニー
  
 コクタン     ブナ
 ピアノによく使われる木材

ですから、よくいわれる輸入ブランドピアノの
 
「少数限定生産」は、誇張でもなんでもありません。


つまり、それが実際に意味するところはこういうこと
なので‥‥、その「木」という天然の素材がもつ性質
と、「楽器」 という製品に求められる資質からくる、
特殊で厳しい制限なのです。


「輸入ピアノ」 と折々に比較される「輸入車」 でも、
こういった事態‥‥つまり、調達できる資材の量
だけでも、生産・販売の限界がはるか以前に厳しく
定められてしまう状況‥‥はおきないでしょう。

鉄やプラスチックが相手の場合、もうすこし柔軟に
対応できますから。


また比較するにしても、そもそも両者は、製品の
耐用年数からして大きくちがいます。

車は、何十年も、ときに100年以上を走り続ける
‥‥そしてその間、本来の価値を維持し続ける‥‥
ことを念頭においては、作られていません。


そもそも、1世紀にわたる時間を、途中で手入れ
を必要としつつも、現役の第一線で活躍し続ける
精密機械 というのは、そう多くはないでしょう。


しかし、良いピアノはすべて、あくまでも長期間に
わたって使われることが大前提です。

ですから、極めて高い完成度が要求され、緻密な
作業が必要なので、手間も時間もかかります。


結局、材料、工法など、どの角度から見ても、
大量生産は無理なのが、「手造りピアノ」です。

それはつまり、この場でご紹介しているピアノは
どれも、数少ない、つまり、かなり入手が困難な
ピアノだということです。












それではなぜ、そんなピアノを
おすすめしているのでしょうか。


そのひとつの理由に、あるお客さまのお言葉
があります。

たいへんストレートな表現でしたが、物事の
根っこを見事に言い当てておられると思い、
忘れることができません。



「‥‥わたしはね、20年や30年で、粗大ゴミ
 になるようなピアノは買いたくないのですよ、
 安くてもね 」


今思えば、この方は 「 ピアノとは何か 」という、
実に本質的なことを問われていたのです。



‥‥ピアノに求められるものとは何か?

‥‥月間生産台数が数千台のピアノと、
   数十台、あるいは数台のピアノでは、
   一体どこがどう違うのか?

‥‥そもそも「楽器」というものづくりに、
  画一的大量生産はふさわしいのだろうか?



そのように広がってゆく疑問をすべて含んだ、
ある方の 「ひとこと」 でした。



  







テオドール・ファン・テュルデン
 「調和と融合」


 さて、こうした厳しい
材料の選別基準は、とくに響板に限ったこと
ではありません。

今度はピアノの外側 ( ピアノケース ) をみて
みましょう。



ピアノは、他の多くの楽器のように、「弾かない
ときはどこかに収納」 できるような、小さいもの
ではありません。


弾こうが弾くまいが、常にそこにあり、人の目
にふれ続ける楽器です。



当然、こうしたものには、高いインテリア性が
要求されるはずです。


しかし、こうした 「外観」 の大切さについては、
残念なことに、これまでは、あまり重視されて
きませんでした。


見かけるピアノは、どれもこれも黒ばかり‥‥
そんな時代がつい最近まで続いてきました。



あの、艶出しの黒は、ゴージャスな色です。

黒いグランドピアノは、どんなに大きな舞台
の上にあっても、堂々と存在を主張します。

スポットライトを浴びれば一段ときらめき、
女性ピアニストがどんなに華やかな色の
ドレスで登場しても、さらに引き立てるだけ
で、反発しあいません。


‥‥それが 「 輝くブラック 」 の力。


ですから、大きなコンサートホールには、必ず
といっていいほど黒いピアノが選ばれます。



明治の昔、ピアノ1台の値段で家数軒を買えた
ような時代がありました。

その頃ピアノが見られたのは、もちろんごく
限られた場所でした。

それから長い時間をかけ、ピアノは広まって
ゆきました。

ホールや学校など公的施設からスタートして、
やがては一般のご家庭へも‥‥。



しかしそのときには、「 ピアノは黒い!」 と
いう固定観念もできあがっており、あらゆる
ピアノが黒いことを、誰も疑問に思いません
でした‥‥海外の暮らしで、あちらの家庭用
ピアノにふれた方をのぞいては。



でもふつうに考えると‥‥。

一般のご家庭、またはレッスンのお部屋で、
どーんと四角くて真っ黒い、スペースを取る
大きな「家具」 が、何年も、ときには何十年も、
そこにあり続けたら‥‥。

やはり、圧迫感がないでしょうか。


 ピアノケースを造る












 ピアノのふるさと ヨーロッパでは、
昔から、外装の主流は 「 木目 」 です。

チュラルな木の模様は目に穏やかで、見る人
の心をなごませます。

また、ピアノ本体のスタイルも洗練されている
ので、美観上、高い価値をもつインテリアと
しても扱われています。

室内の空気に溶けこみ、雰囲気を高める効果
を出しているので、部屋の中で 「そこだけ異質
に真っ黒」 という、逆の事態はまずありません。


   ‥‥なお、ついでに言いますと、あの
   「ピアノカバー」 というものは、わが国
   独特の習慣です。

   見た目の上の違和感を減らし、ツヤを
   傷つけない( 黒はとくに目立ちますから )
   工夫ですが、ピアノの身にとっては、
   「 湿気を身近にためこむ 」 ことになる
   ので、良いものではありません‥‥。


両者の差は、いったいどこからきたのでしょう。

大きな原因は、それぞれの歴史からくる、楽器 
ピアノのとらえ方の違いですが、その造られ方
の違いも理由の一つでしょう。


ヨーロッパのピアノは、蓋を閉めているあいだは
ハイクラスの家具としての扱いも可能な製法、

デザインに贅を凝らし、フォルムの美しさを極限
まで追求し、長い鑑賞に耐え得るような上質の
素材を選び抜き、まるで美術工芸品を造るように
注意深く仕上げた後は、徹底的に磨き上げる‥‥

そんなやり方で、昔から造られてきました。


それが、いつまでも飽きのこない美しさの源です
が、といって、ピアノケースに要求されるのは、
そうした外観の美しさばかりではありません。

内部のアクションを守り、重量のあるフレーム
・弦・響板などを、長い年月にわたってがっしりと
支える一方、音や響きは、絶対にゆがめないで
外へ伝えねばなりません。


それは、ピアノの完成時から一瞬も休まずに続く、
文字どおり重い務めですが、ゴールといったら
はるかな未来‥‥、新しいオーナー様から見れば
孫子の代です。

非常に厳しい課題といわねばなりません。



繊細な美しさと堅固な実用性 (耐久性)。

一見すると相反し、両立困難にみえる要素が、
ピアノ造りにとっては、どちらも同じくらい大切で、
欠かせません。


それぞれのブランドが、懸命に力を尽くしている
重要なポイントですが、時間の審判は厳格ながら
公平なので、払った努力は、十分に報われている
といえるでしょう。












 ピアノの心臓
響板につかう木材は、樹齢100〜300年の大木に
限られると、先ほどお話しました。

日本の300年昔というと、あの「忠臣蔵」、赤穂浪士
が吉良邸に討ち入った頃です。



‥‥そんな300年は無理でも、せめて、100年近く
   はもつピアノ。

   100年頑張ってきた生命をもらうのだから、
   あと100年、歌ってほしい。


人も木も動物も、この地球の仲間だから、姿かたちは
変わっても、この輪の中にいてほしい。



「‥‥わたしはね、20年や30年で粗大ゴミになる
ようなピアノは買いたくないのですよ‥‥安くてもね」



グロトリアンの技術者が言っていました。

「今、このピアノになった木は、150年くらい昔、
 ブラームスが交響曲をつくっていた頃にも、
 山の中で、風といっしょに歌ってたんですよ」



木の命をいとおしむこの心に、国のちがい、民族の
ちがいがあるでしょうか。






 ブラームス


 では、どうすれば木の命を
生かして使うことができるのか‥‥。

簡単なことではありません。



一口に「木」といっても、千差万別で、たとえ同じ品種
でも、その生育条件 ( 海抜、山の斜面の北側か南側
か、土の性質、水源からの距離、日光や風の当たり
ぐあいなど ) がことなれば、違いが出ます。


すべてがまったく同じという木は、世界中探しても、
たぶん見つからないでしょう。



さらに自然素材である木は、伐った後でも 温度・湿度
の変化に合わせて呼吸を続け、時間の経過に応じて
変化していくのです。



ですから、ピアノ製作者としては「遠い先まで見通す」
目をもたねばなりません。


つまり、材木を1本伐り出すにしても、まだ大地に
根ざした原木にすぎない時点で、材木になった時に、
また将来部品として加工された時に、そしてピアノ
本体に組み込まれた時に、最終的には、長い時の
向こう側で誰かが演奏する時に‥‥、その木が
果たせる能力の限界を、見抜く眼力が要求される
のです。


まるで神業のようですが、それができないと無駄な
伐採ばかりになってしまいます。

そして万が一、はげ山をつくってしまったら‥‥、
あと100年待たなければ !


しかし幸い、そうした能力は、人間が道具を手にする
前から住まいとしていた森、その樹木との長い長い
つきあいの中で身につけ、その後は、歴史を通じて、
卓越した匠達に受け継がれてきました、脈々と‥‥。


世界最古の木造りの建物 法隆寺が、今なお、
しっかりと建っている姿がそれを証明しています。










 そして今、匠の知恵と先端技術、
その両方が必要です。

酸性雨やオゾン層破壊、森林資源の枯渇による
砂漠化や異常気象、それにともなう悪疫の流行
などの問題に、国境はありません。


今は大切な時代です。
わたしたち世代の選択が、人類の、地球の未来
を大きく変えるでしょう。


2500年の昔、哲人ピュタゴラスは言ったそうです、
「 音楽は、三つの相からなっている 」 と。


心身の調和が奏でる 「 ムジカ・フマーナ 」
天体の調和が奏でる 「 ムジカ・ムンダーナ 」
楽器が奏でる 「 ムジカ・インストルメンタリス 」


人類と宇宙と音楽‥‥象徴的ではありませんか?


キーワードは「調和」だと思います。



「地球や子どもたちの未来にとってマイナスになる」 
とわかっていることに、わたしはあえて手をかしたく
はありません。

そしてそれはきっと、誰もが同じ思いでしょう。


結局、現代とは、たった一台のピアノについてでも、
それをめぐるすべての人たちに見識を、こと音楽に
限らず、もっと幅広い、世界に対するものの見方、
さらには地球の未来へかかわるその人のスタンス
を問いかけてくる‥‥、
そんな時代なのかもしれません。








 ピュタゴラス


 ‥‥長くは保たないもの、

手入れする ( できる ) だけの、しっかりした基礎
がないものが、この21世紀の選択でしょうか?


「 本当に良いものだけを、その品質を楽しみながら、
 手入れして長く使う 」、


これからは、そんな時代ではないでしょうか?


   使わなくなったときには、譲ることができる
   ( 贈った相手に心から喜んでもらえる )
    ピアノ。

   子どもたちに、またその子どもたちに、家族の
   歴史や思い出とともに、誇りを持って伝える
   ことのできるピアノ ( 楽器の選択は、蔵書と
   同じく、その方の人となりの表れです )。 

   そのピアノを弾いてお育ちになったお嬢さま
   がお嫁入りのときには、まずお供になるピアノ。

   そして、ご不要になったときでも、下取りの
   価格が 「 信じられないほど安く 」 なったり
   しないピアノ。


そんなピアノが、これからは本物だと思います。



元来、楽器というものは大切に扱われ、名品は
手から手へと、願いをこめて託されてきたもの
なので、「 楽器として 本筋に戻っただけ 」
なのかもしれませんが、そういったピアノこそが
確実に 「 明日のピアノ 」 ではないでしょうか。



実際、これまでにご紹介してきたピアノブランドは、
いずれも、 「現在」 だけを見てはいません。


「過去」 の遺産を受け継ぎつつ、いつも 「未来」
を見つめてきました。


昔から、「100年後のため」 に木を植えてきた
のです。



その発想は、今こそ見直され、再評価されるべき
でしょう。

         
音楽の明日、文化の明日、人間の明日のために。















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